運命の葉 マハシバナーディとは?  
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 New2009年夏のマハシバナーディ検索は6&7月を予定しています。
お申し込み受付中です。(お申込み締め切り6月末日です。)

 
 
その昔、インドの聖者たちは瞑想の中で意識を高めることにより、この宇宙のスペースにある”この世の記憶”(アカシャコロニック)にアクセスしそこからさまざまな情報を得ていました。
インドの聖典ベーダの知恵もアカシャコロニックより直接受け取った知恵であり、宇宙の創造についてや、医学の知恵、科学の知恵、ヨガやアーユルベーダ、アストロロジーなどもこうして得られたものなのです。
アカシャコロニックにはこの宇宙の過去も未来も現在もすべての記憶があります。

この宇宙に存在する私たち個人の人生について、魂の歴史について、いつどこで誰に出会い、どんな経験をするか、その人の運命が書かれているというのです・・・

ずっと興味はあったもののなかなか体験するチャンスに恵まれなかった私がついに2004年の終わりに葉を探しに行くことになったのです!

  
                            2004年の年の暮れ。
                           私は南インドタミルナドゥの小さな駅に降り立った。

何年も前から興味があって、知り合いの体験談を聞いて時期が来るのを待っていた。というのも、「運命の椰子の葉」には誕生から死ぬ日時まで、人生のシナリオが書いてあるそうではないか。。。ちょっと勇気がいるよねえ。。残り少ない命だったりして?結婚できませんとか、病気になりますとか、過去世はミミズでしたとか??来世は。。。。?

人の体験談からだいぶ真実味があることを知ってしまった私は、”こんなのウソ〜!”とはもはや言えない。何が書いてあろうとも。だから時が熟すのを待っていた。


←写真: 駅から続く道。やぎさんがお出迎え。これで12月。わらぶきの家がいかにも南国らしい






駅前の道のつきあたりは大きなお寺。 :写真→

このお寺はとても古く、火星の神様をまつっている。普通インドの人々は健康祈願に訪れる。

境内のとても長生き(何千歳!)のニームの大木ははるかな昔のゴールデンエイジにはなんと菩提樹だったそう。その時代に合った種類の木に変化するそう。

ちなみに今はいろんな意味で病んでいるので薬効のあるニームの木となっているそうな。ああ、なるほど。













←写真:「運命の椰子の葉」が保管されているところ。

ここを訪れる予定のある人の分が存在するそうで、もちろんこれはほんの一部。
この人が私の葉を探して読んでくれた。



シバサミーの先祖が三百年前にマハラジャから葉っぱを買い取った。以来家族で保管し、解読作業をしている。

リーダー(葉を探し当てて読む人)になるには8年も修行を積む。

なにしろ葉っぱが書かれたのは何千年も前なので現代に合うように意訳するのは簡単ではない。
(今どきの職業とか生活様式とか。昔はなかったものね。)カレンダー(暦)も違うそうです。

いよいよ私の葉を探す! :写真→

左手の親指の指紋(男性の場合は右手)を取ってリーダーが目星をつけた葉の束を持ってくる。

そして質問にyes,noで答えながら一枚ずつ葉を読んでゆく作業。

指紋の型は大きく分けて108種類ありその人の”素性”を表し、葉はその型ごとに束ねられて保管されている。
ナディリーダーは歌うように葉の内容を読み上げながら、その合間に質問する。
一枚の椰子の葉の片面に細かい字で一人の運命が書かれている。





約2時間後、リーダーの口からいきなり私の名前がフルネームで出てきた。続いて、両親の名前、職業、私の兄弟のことなどがすらすらと読み上げられた。これらすべての事実の一致が確認されて、見せてもらったのがこの葉っぱ。↑:写真上

冒頭は名前で始まるそう。何百年も私を待ていてくれた私の葉っぱ。(オリジナルのサンスクリット語バージョンから書き移されたもの)
あとは一晩待って明日全内容を受け取ることに。わくわくどきどき。

2004年12月26日。

予定より2日遅れて英語訳された結果を受け取る。何しろ翻訳者が怪我をして具合が悪かったそう。
早速リーダーの前で内容を確かめる。しゃれた英語だし、興奮してるしで、すぐに内容を把握するのは難しかった。(私の葉の内容はこちらからご覧いただけます。)

でも、いくつものことが過去の事実だったのと、未来については思いのほか素敵なシナリオだったこと、過去世だってミミズじゃあなかったし、あーよかった。。

でも過去世ではやんちゃなネパール娘だったので、そのときのカルマ(業)の罪滅ぼしの処方箋がずらり、と書かれていた。その一番初めがあるお寺を訪ねてお祓いをすることだった。

聞くとどうもここから割りと近いらしいけど、道が封鎖されている、という。海が荒れたそうだ。じゃあ仕方ない、明日にしよう。。。。

そうなのです、この日あのおおきな津波が起こったと、後で知りました。

当初はクリスマスに結果を手に入れて、すぐにビーチでのんびりする予定だった。でも2,3日翻訳が遅れた都合で津波にのまれることを免れた、ということ。確かに葉っぱによると未だ死ぬ予定はないのだけれど。

運命って。。。。


←写真:ガネーシャ寺の前で。

これはお祓いのお参りをした、ほんとのど田舎にあったお寺で遊んでいた子供たち。

私の葉に書かれていたお寺の名前から、リクシャに乗ってお寺探しに行った。リーダーが気を利かせて人にガイドを頼んでくれた。

地元の彼も知らないような郊外の田んぼ道をずっと行ったところに、そのお寺はあった。
それも鍵がかかっていたのをわざわざお坊さんを呼びに行ってあけてもらう始末。

ガネーシャ(ヒンドゥ神)は障害を取り除く神様なので普通お参りはまずガネーシャのお寺からなんだそう。お花やお香などのお供えをしてお経をあげてもらい無事終了。

その後いくつかのカルマ清算のためのレメディを行いました。そしてもうすぐ1年が経とうとしています。
運命の葉を読んでから、私の人生が変わったとは思わないけれど、余分な不安とか迷いなどがなくなりました。今のところ、特に無理なく予言の通りにことが運んでいます。 (2005年現在)

※2009年4月現在追記:さらにいくつかの予言が現実となっていくのを見守っています・・・
(アシュラムのメンバーとなりアシュラム建設中。次は結婚・・・?)


予言の出来事が起こらない人もいます。どういうことなのでしょう?
ナディリーダーによると、レメディ(対処法)を誠意を持って行わなかったりして、カルマのエネルギーの流れが滞ってしまうと出来事の実現に時間がかかってしまったり、時にはブロックされてしまいカルマの流れの方向が変わり、違う人生のシナリオを生きることになるそうです。


私たちは何回も生まれていろいろな人生を経験してきました。 その人生模様のパターンがカルマ、といえばいいのでしょうか。 そのパターンが今の生を形作っています。つまりカルマがすっきり清算されてしまえば、もう生まれてこないのです。逆にいうと今生生まれたのは、カルマ=使命があるからなのです。
 

もちろん予言にないシナリオで楽しく幸せに生きる人もあるでしょう。 予言が「あってた」、「間違ってたから偽物だ」ということに焦点を置く人もいます。でも、小さなことに惑わされて流れを見失ってしまっては、情報に振り回されるだけでかえって逆効果になってしまうと思うのです。私の人生の目的(カルマ)はどの道かという という視点でご自分の予言を読まれてはいかがでしょうか。
ポイントは占いに頼りきるのではなく、しかも謙虚に受け止める、という微妙な姿勢です。
自分の持って生まれたものを自覚し、どう生かすかが大切だと思うのです。


自分の人生を魂の視点から捉えることができたときーつまり何度も生まれ変わって人生を経験し学んでいる存在である自分を自覚したときに、この人生の本当の目的や意味を高い意識で理解することができます。そうすると不運や不幸の原因だったことも学びのチャンスに新たなチャレンジとして捉え成長することができたり、人を妬んだり羨ましがる必要はなくなります。

  
 
 

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